青年海外協力隊に夫婦で参加。派遣先はニジェール・・・旦那はナミビア・・・これから2年間の別居生活。夫婦で国際協力活動をしようと考えている人の後押しができれば、と思っています。これから起こるであろう出来事を、少しずつ綴っていきます。
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Posted by どくまり
 
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病院の変化
今回は少し活動のことを書こうかと思う

私の活動内容は、病院の環境改善、職員が働きやすい環境を整えることと、患者サービスの向上を目標に挙げている。

とはいっても、田舎なので、早々簡単に変わるものでもなくて。。。
やはり保守的なのだ。

変わる必要のないものは、無理に変わる必要はないと思う。
しかし、安全面の問題や、サービス面の問題など、変える必要のある点は本当にたくさんある。
ありすぎて何から手をつけていいのか、わからないくらい。。。


先日、意見箱を開けてみた。
この意見箱、病院のちょうどセンターに置かれているのだが、中を覗いたらゴミが入って、開けようと促しても
ロックをしている南京錠の鍵がないといわれ、ずっとそのままになっていた。

いったいいつから開けていないのか、誰も知らない。。。

さすがに痺れを切らして、自分のポケットマネーで新しい南京錠を買い、古い鍵は壊してもらった。
すると、中からはゴミに混じって40通ほどの意見書が。。。

日付の入ってる一番古いものは2002年、って10年前じゃん!?

内容はというと・・・
「スタッフに薬を高額で売りつけられた。」(県立の病院なので、すべて無料のはずなのに。)
「買わされた薬が期限切れだった。」(期限切れの薬を病棟で発見するのはよくあることで、定期的にチェックはされていない)
「看護師の出勤が遅いし、昼休憩にいったら2時間は帰ってこない」(遅刻は当たり前の風潮あり)
「看護師の態度がひどいし、仕事をする意欲がみられない」(スタッフ同士では笑顔で会話してるのに、患者さんに対して笑顔はないのは、ここでは普通)
「病院全体がトイレの匂いでくさい。」(←この意見は多かった)
「人材不足」(慢性的な人材不足は確かにある)
中には、個人名を挙げて、この看護師をやめさせろと書いてあるものもあった。

ひどすぎて、読んでいて苦しくなった。
しかしここではこれが当たり前なので、看護部長や他のマネジメントスタッフに見せたときには、この状況が当たり前に行われているのを知っているので、それほど驚いてもいなかった。

意見箱が大事だということをまず、知ってもらう必要がある。
ここでは患者が直接スタッフに意見をいうことは、不可能に近い。意見箱があっても、書いたことを知られるのを恐れて書くことすら難しい環境であったりする。
その中で投函してくれたと意見というのは、とても貴重であり、生の声を聞ける唯一の手段であるわけだ。

今後意見箱を使用してもらうためには、来院者にこの箱がきちんと機能しているんだということを示す必要がある。
そのため、意見箱の近くにラベルを新しく貼り、箱には「毎週金曜に回収します」と書き、回収者のサインを記入する欄を作り、張り紙をした。
そしたら、箱を空けてから2週目に、新たに2通に手紙が入っていた。

手紙が入っていただけで喜んでいる私


さて、先月は3部署で5SのS1「整理」を実施した。
5Sとは「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「躾」
の頭文字Sをとって、5Sと呼んでいる。
「整理」は具体的には、職場から使わないものを取り除く作業のことである。

本当にこの国の病院は、いらないものであふれかえっている。壊れた機械類、壊れた家具、古い記録、使用される予定もない記録用紙。。。
それがさらに雑然と置かれていて、いざ必要なものを探すときに、邪魔をする。
一刻を争う医療現場でこれである。

 
写真は参加病棟の倉庫。
整理前

ブログmaternity1


整理後

ブログmaternity2


でもまだまだ。
こうやって変化が少しずつ見えて、スタッフが病院環境改善に対しやる気になってくれることを願っている。
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Posted by どくまり
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[ウガンダ活動
任国外旅行
久しく更新をしていませんでした。すみません。
しかしちゃんと生きております。

以前にも書いたと思うが、私の任地は水道も整備されていない、ど田舎。
ネット環境もものすごく悪く、電話も建物の中だと途切れ途切れになる。
そのためブログ更新が思うようにいかないのだ。

で、今日に至る。

実はこの年末年始にかけて、任国外旅行に行ってきた。
任国外旅行とは、任国(私の場合ウガンダ)の外に出る旅行。つまり海外旅行である。
協力隊員にはJICAから年20日間の任国外旅行が許されている。
とはいっても、自分の配属先から許可がおりて初めて旅行ができるわけだが。

私にとっては初めての任国外旅行。
行き先はタンザニア。
で、タンザニアで旦那と合流。
キリマンジャロ登山 → タランギレ、ンゴロンゴロ国立公園サファリ → ザンジバル島と駆け足で回ってきた。

ニジェールにいたころは、任国外旅行なんて考えもしなかったけれど(ニジェールに骨をうずめるくらいの気持ちでいた。もちろん2年間限定だけど)、旅行に行ってみると、いいリフレッシュになったし、英語をもっと勉強しなきゃと思えるきっかけになったし、ウガンダってやっぱりいいなと思えるようになったし、利点は多いと思った。

旅行の記録は少しずつまた書いていきたいと思う。


ザンジバルブログ1
 
↑ザンジバル島
Posted by どくまり
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[ウガンダ生活
医療者としての責任
ウガンダに来て、日本人として我慢できないことは多々ある。
約束を守らないこと、遅刻、無断欠勤は当たり前なこと。
会議は早く始まったとしても定刻の1時間遅れは当たり前。

「アフリカンタイムだから
何度この言葉を聴いただろう。。。そういえばニジェールでも言われたっけなぁ。。

しかし。。。
医療者として果たさなければならない責任というものを、ここの人はあまりにも持たなさすぎることに、わたしは苛立ちを覚えて仕方ないのだ。

先日、男性病棟の日勤看護師が誰一人いないという事態が発生した。
病棟にスタッフがいないなんて、日本では考えられないことである。
男性病棟のスタッフは全部で6人。日勤帯はたいてい2人体制のシフトが組まれているのだが、この日は1人日勤で、その1人が無断で欠勤したのだ。しかもその人、病棟の師長である!
運の悪いことに、看護部長は長期休暇中で、代理の部長だし、その部長はこの師長の連絡先がわからないといって、それ以上何かをしようとはせず。
病棟のスタッフの連絡先もわからないから、どうしようもできず。
代理部長は他の部署にもこの件の話しをしたようだが、他も手一杯なため、誰一人ヘルプに入ろうとはせず。
(基本的にみな仕事をしたがらない。やろうと思えばできる仕事であるはずなのだが
たまたま病棟に様子を見に行った時、隣の女性病棟の看護師長が男性病棟にいた。
「手伝いに来たんですか?」と聞いたら、
「ちょっと探し物」と・・・

みな自分とは無関係な話しにしたいらしい。。。

夕方4時半ごろ、男性病棟の準夜勤の看護師が到着。
廊下のベンチで休憩していた看護代理部長が、その看護師に看護師不在のことを伝えるが、あわてる様子もなく、そのまま代理部長と立ち話。
って、話してる場合じゃねーだろ、とっとと行けーーーーーーーっ


看護師じゃないんですか?患者の命を預かってるってわかってますか??

私が信じられないといっても、よくあることのようである。皆大して問題視していないようだった。
幸いこの国では患者には必ず付添いがいるため、何かあれば付添いの人がスタッフを探しにいってくれるけど。


労働意欲がないという話以前に、医療者としての責任というものを、きちんと理解してもらいたい。

そうしないと、私がストレスで爆発してしまいますから。。。


会議まち

全看護師対象の会議、定刻より1時間経過して3人のみ。結局この日集まりが悪く、次の週再度会議が開かれることになった。。。
奥が看護部長。彼女は私が唯一信頼している看護師であり、私のよき理解者である。
Posted by どくまり
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[ウガンダ活動
病院トイレ調査
私の住んでいる小さな町は、ネット環境が非常に悪い
メールはなんとか送受信は可能だけれど、写真添付となると重くてスムーズに行かない。
そして毎晩の停電で、パソコンの充電がなくなるという問題も。

というわけで、毎週末は近くの町に避難している。
病院という閉鎖空間からの解放という意味でも、リフレッシュになる。

町に出て、普段食べられないフライドポテトをたくさん食べるのが、お決まり。

さて昨日は夜の病院に潜入した。
いつもの通り停電だったので、ジェネレーターからの電気供給で、各病棟明かりは一箇所のみ。
ただでさえ古くて汚い病院なのに、さらに薄暗く陰気くさかった。
でそんな夜の病院に何をしに行ったかというと、トイレの観察である

私の活動は病院の環境改善。それは業務改善や患者サービス向上に結びつく。
今は病院の現状調査を病院スタッフと一緒に見て回っているのだが、トイレが・・・ものすごく汚いのだ。

汚物がつまり便器から小山を作りだしていたり
トイレの室内から廊下まで尿で水浸しになっていたり

患者さんに病院環境についてアンケートをとってみたところ、やはり「トイレが汚い」という意見が多く寄せられた。

昼間はそこまで水浸しなっていないということは、夜間のトイレ事情を把握する必要があるだろうということで、夜間の張り込みをすることにしたのだ。

病棟のトイレの中でもっとも汚い、産科病棟に侵入した。

21時。病棟到着。
準夜勤務スタッフに挨拶。手伝いに来たのかと思ったところに、「トイレの観察に来た」と伝えると、やや怪訝そうな表情。
まぁ、普通じゃないよね

トイレ横のベッドに陣取り、観察開始。
トイレ付近は電灯がなく真っ暗。
持っている人は懐中電灯で足元を照らしながらやってくる。
みな産後もしくは出産前で、足取りが重い。
わたしはひたすら、トイレに入る人と廊下でする人をカウント。

途中眠くなって病院を徘徊してたら、外来外で間に合わずそこで出産した妊婦に遭遇。
日本ではありえない光景・・・

朝6時。
集計結果。
トイレへやってきた人36名。内、トイレ外(廊下)でした人15名。41%がトイレを使用していないという結果。
ちなみに夜間病棟内からたらいにおしっこをしているであろう音も聞こえた。
そして夜中に何らかの液体を廊下に流す人もいた。
そりゃ洪水になるわなぁ。そしてその水浸しの中に血液も混じっていた。
うんこはなかったから、さすがに大きい方は中でしているようだ。

さて実態がわかったところで、次回は聞き込み調査の実施。
なぜ廊下でするのかを。

ちょっと面白いと思っている私は、ちょっとおかしいかも


産科病棟内

産科病棟内。
日本と違い完全看護ではないので、各患者に付添いがいる。ベッドの周りにござを敷き、寝泊りして身の回りの世話をする。


Posted by どくまり
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[ウガンダ生活
ボランティア
ボランティアって、相手の必要としていることに対し、それを充足することで、互いが満たされる、そういうものなのだなぁとつくづく思う。
どうしてもこんな遠く、アフリカにボランティアに来ていると、何かしなきゃ、結果を出さなきゃという焦燥感に駆られる。でもそれって、わたしがしたいことでしかなかったりする。そしてわたしがしたいことがただの押し付けだったりもする。
ニジェールでの活動がそうだった。別にわたしを必要としていない配属先。もちろん何もすることがない日々。いろいろ目に付くことは多い。診療所が汚い。看護師の態度は横柄。おしゃべりばかりして仕事をしない職員。。。でもそれが当たり前で、別に変えるべきと思ってない相手に、もっときれいにしなきゃとか、無駄口たたいてないで仕事しろとか言ったところで、口うるさい日本人だなぁと思われて終わるだけなのだ。

ここウガンダの配属先の病院では、わたしを必要として要請があげられたようなのだが・・・実際、スタッフのやる気といったら、ほとんどないに等しい。たぶんわたしがいなかったら、5S活動なんてなにもしないだろうなぁ。昨日の初5Sミーティングでは「5Sをやる気がないのなら、私は日本に帰ります」と言ってみたところ、一応やる気はあるとの発言があったので、とりあえずまだ日本に帰らなくてもよさそうである。

そんなミーティングの前に、病院内を歩いていたところ、一人の男性の声をかけられた。白衣で歩いているので、よく患者さんや付き添いの人に声をかけられる。どこどこが悪いんだ~とか、紹介状をかいてもらいたいんだ~とか、私に言われても・・・と返答に困ることが多い。その男性は、自分の子供がここで治療ができないから、首都カンパラのムラゴ病院(わたしが2ヶ月研修を受けた国内最大の国立病院)に行くように言われたのだが、移動費がなくて困っているのだと訴えてきた。
 この国の公立の医療施設は受診料や入院費、治療費、検査費、薬代などただである。ただ食事は病院では出されないので、村からやってきて入院中の食事を用意するお金がないために、どう考えて今退院したら死ぬんじゃ。。。という人も退院を希望したら退院をさせるのだ。
外人だからお金持ってると思ったのだろう。確かにもってますけど、ボランティア。この国からお金はもらってません。
ボランティアだから、私も十分なお金をもってないのだと伝えるが、それでもせつせつとその父親は語った。
彼の子供は癌なのだそうだ。オペをしたけれど、オペ後に足が腫れてきたらしい。この病院ではレントゲンすら動いていないし、検査もできないし、これ以上の治療もここではできない。しかしお金がない。子供のためにしてあげたいのに・・・と。
そんな話しを聞いているうちに、かわいそうになってきて、その患児を見に行くことにした。

8歳のおとなしいいい子だった。右のリンパ節、右下肢、陰部も腫れていた。
腹部中央に切開創がある。腹部の痛みが続いているのだという。

癌なのに治療ができなかったら、死ぬ。しかも子供だから進行が早いはず。

「I assist you.」

そうしたらその父親のうれしそうな笑顔。ああ、人の役にたつってこういうことなのだなぁと実感した。

今朝もう一度会いに行ってみると、もうそこにその子はいなかった。退院したのだという。
スタッフに聞いてみると、開腹したが手がつけられず、化学療法をしにカンパラに行くことになったのだといっていた。

少しでも元気になって、またこの町に戻ってきたときには、また会いたいと思った。
Posted by どくまり
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[ウガンダ活動
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